アレキサンドル.デュマ(Alexandre Dumas)

(1802.7.24~1870.12.5)

フランスの地方貴族と黒人奴隷の現地妻との間に生まれ、そのべらぼうな戦闘能力をもって、一兵卒からナポレオン騎下の将軍にまで上り詰めたトマ・アレクサンドル将軍を父に持つ。「黒い悪魔」と呼ばれ敵に恐れられた将軍だが、エジプト遠征中にナポレオンと対立。慰留を振り切ってフランスへ帰る途中、嵐で漂着したナポリで敵軍に捕らえられ、2年間監禁される。獄中で食事に入れら続けた砒素が身体を蝕み、捕虜交換により釈放されたものの、二度と健康体に戻る事は無かった。軍務への復帰を望んだが自分に逆らった半病人の男をナポレオンが許すはずも無く、7年後、将軍は娘と3歳になる息子を妻の手に残して44歳で他界した。

つつましい母の元で父譲りのエキゾチックな容姿と抜群の運動神経をもち、字が上手いのと射撃の腕以外はなんら自慢できるものの無い勉強嫌いで能天気な青年に成長。公証人見習いとなったが、地方公演のいんちきな「ハムレット」に感動。芝居熱は次第に高じ、劇作家として一旗あげようと単身パリへ。父の友人フォア将軍の推薦でオルレアン公の書記見習いとなり、書記仲間からシェークスピア、ゲーテ、ギリシャ悲劇、歴史学等の教授を受ける。仕事の合間に書いた「クリスチーヌ」で手腕を認められ、初めて上演された「アンリ三世とその宮廷」の大成功により劇作家としての地位を確立した。自己の不倫体験を元に描いた「アントニー」も131回の上演回数を誇る大ヒットとなる。同時期に起こった「7月革命」の武装蜂起にも参加。旧主オルレアン公は、ルイ-フィリップとして王位に就くことになる。劇作家としては純然たる創作だけでなく、ネタは良いが出来の悪い作品の手直しの巧みさでも引っ張りだこであり、若手作家に気軽に名前を貸したため、後に「アレクサンドル・デュマ小説工場」との悪口を叩かれる事となる。

また、女性遍歴もすさまじく、書記時代に同じ階に住む「マリ-カトリーヌ」に子供(デュマ・フィス)を産ませて以来、メラニー=ヴァルドール他手当たりしだい。残した子供の数は100人を超えると豪語する。(もっとも、デュマはいつも大げさではあるが・・。)女優イダ・フェリエとの結婚後も性癖は治まらず、常に複数(しかも多い)を同時に行うため、贈り物、養育費、生活費、旅費は常に莫大。さらに生来の浪費癖が加わったため、いくら儲けても、常に借金に追い回され通しだった。ジラルダンの新聞革命の切り札「連載小説」の世界でも、読者のニーズをすばやくキャッチする才能で、今も読まれる「三銃士三部作」や「モンテ・クリスト伯(=岩窟王)」他、ドキドキハラハラ、波乱万丈なプロットと、いかしたキャラクターの登場する作品群で新聞の売り上げとそれによる近代マスメディアの発展に貢献しただけでなく、三銃士他の歴史小説は後世の歴史観に大きな影響を与えたといわれる。

それらの印税を元に豪華絢爛な居城「モンテ・クリスト城」を建設。多くの食客を養うため、年間の維持費だけで数億円といわれ、バルザックは「『モンテ・クリスト』建設は狂気の沙汰だが、ああ!これほど魅力的な狂気は、いまだかつて誰もしでかしたことはないのだ!」と感嘆した。また美食家としても有名で、肥満と糖尿病に苦しめられたものの、後には自ら調理に手を染め、晩年には珍味且つ高級な料理へ薀蓄をふんだんに詰め込んだ料理辞典も出版している。

国王一家ほか有力者の政治的財政的後押しで「歴史劇場」を創設し、芸術総監督に就任。自己の作品「王妃マルゴ」「赤い館の騎士」他で大当たりを取るも、「2月革命」の勃発で王政は廃止。皆、観劇どころではなく劇場の運営は破綻。妻に持参金の返還訴訟で敗れた事もあり、ついに破産。身柄が拘束されるのを恐れて、ナポレオン三世のクーデターの最中、ベルギーに亡命。政治亡命者のリーダーであるユゴーと協力して亡命者仲間を束ねることになる。のちに収入の45%を債権者が受け取る事で合意が成り立ち、1854年パリに帰還。

1860年、大型帆船を買い、モンテク・リスト伯のごとく若い愛人と共にシチリア島パレルモに向かい、イタリア統一運動の闘士ガリバルディに面会。ガリバルディのナポリ遠征に資金と武器を供与し、ガリバルディによるナポリ臨時政府樹立に協力する事で、間接的にではあるがナポリ王国により監禁、虐待された父トマ=アレクサンドルの復讐を果たした。もっとも、根っからの共和主義者であるデュマの思惑とは異なり住民投票によりシチリアとナポリはサルディニア王国に献上されたが。

その後、著作の人気は衰え、かつてほど省みられなくなったが、相変わらず美食と若い愛人に舌鼓を打つ生活を続けた。最晩年、身体が動かなくなってからは、息子デュマ・フィスの家族や孫娘に見守られながら、息を引き取り、両親の隣に埋葬された。なお、彼の遺灰は2002年11月30日、生誕200年、死後132年を経て、フランスの偉人たちの眠るパリの「パンテオン」に再埋葬された。(上記は、主として アレクサンドル=デュマ 辻昶、稲垣直樹著 清水書院 によっています。)


注目理由

「事実は小説より奇なり」と申します。想像力を駆使して書いたフィクションより、実在の人物の体験の方がずっと波乱万丈で面白いって意見です。あっしもそう思ってるので、最近はめっきり小説が読めなくなっちゃってるんですが・・。「じゃぁ、世界一面白い小説(少なくともその一つ)を書いた小説家の人生はその小説より面白いのか?」という視点で見てみると、「小説家の人生の方がすんげぇ面白い!!」っていう困った(?)人達もいたりします。その一人が、「三銃士」「モンテ・クリスト伯(=岩窟王)」の作者、アレキサンドル・デュマ!

いわずと知れた世界最初期のワールドワイドベストセラー作家ですが、あんたの人生、笑っちゃうくらいのサクセスストーリーのうえ、フォレスト・ガンプよりさらに荒唐無稽で凄ぇよ~。鹿島茂氏が「パリの王様たち」で、「これに対し、ユゴー、デュマ、バルザックの三人は、自己の天才に対するほとんど誇大妄想に近い確信、度外れた金銭感覚、変質狂じみた女好き、何回生きても返済できないような借金を平気でしてしまう豪胆さ、料理辞典まで作るほどの美食癖、そして未だに実態がつかめないほどの多作ぶり、などなど、彼らの人生そのものが、まさに「人間喜劇」であり、最も偉大な「作品」となっている。」と書かれてますが、この項目がすべて当てはまるのは3人の中でもデュマだけ。

希望と欲望の石炭を満載して、人生行路を暴走機関車のように爆走する彼の人生を知ると、凄い面白い作品郡を更に深く、美味しく楽しめると思います。でも、最近絶版が多いね・・。


参考文献

(1)アレクサンドル=デュマ 辻昶、稲垣直樹著 清水書院

現在、日本で最も容易に手に入るデュマの伝記。三銃士を地で行くような「戦士」の父、太陽の明るさと台風のエネルギーでもって栄光の階段を駆け上がり人生を楽しみぬいた「本人」、一時は親父の金で遊びほうけたものの基本的に生真面目で面倒見の良い「息子」とデュマ家3代の関係をきっちり描いてくれている好著。特に父「トマ=アレクサンドル・デュマ」が最高。世界史に燦然と輝く戦略家ナポレオンが、彼の作戦を成功させるためには手放すわけにはいかない最強戦士で、崖を這い登って城を攻め落としたり、反乱を起こした現地人(エジプト人)の中に上半身裸のまま単騎で突っ込んだりと、普通はしないよな、将軍なのに・・。この父に関しては、比較的最近の研究結果を取り入れて、頭は良いとはいえないが、蛮勇に近い勇気とべらぼうな戦闘力を持つナポレオン軍最強の戦士が「毒薬」により身体を蝕まれ、若くして亡くなった悲劇を克明に伝えてくれる。アトス、ダンテスらデュマの作品を彩る男性的魅力にあふれたキャラの中に、「父の果たせなかった人生」を代わりに達成させてやっていると見ても、あながち間違いではないのでしょう。


(2)パリの王様たち-ユゴー、バルザック、デュマ三大文豪大物比べ 鹿島茂著 文春文庫

文学界のナポレオンたらんとする巨大な世俗的欲望の蒸気で、19世紀を蒸気機関車の如く爆走した3人の巨人ユゴー・デュマ・バルザックのパワフル&かなーり困った人生行路を取り上げた作品。回りのみんなが嫌になるくらい尊大だが実際才能に溢れまくっているユゴー、必要以上に元気で礼儀しらずな少年のまま生ききったデュマ、やる事なすことすべて悪い方に転がっていくにもかかわらず、すさまじいエネルギーでそのまま突き進んだバルザック、と三者三様の怒涛の人生を描いた作品。結果としてはデュマへの割り振りが一番少ないが、本書を書く最初の動機が、デュマの人生を紹介することにあったので、明るくテンポの良い鹿島節が光ってます。


(3)モンテ・クリスト伯1~7 A・デュマ著 山内義雄訳 岩波文庫

姦計により婚約の宴の最中逮捕され、絶海の孤島に幽閉されたダンテスは、牢内で知り合った恩人の死を契機に脱獄を果たし、彼から継承した莫大な財宝を元に壮大な復讐に乗り出す。学研の学習(雑誌名)で連載していた妙訳で初めて読み「こんなに面白い小説があるのか!」と驚嘆した作品。連載という形式がこれほどマッチする作品は少なかろう。復讐が大掛かりだが陰湿でないところと、最後には復讐という行為の無意味さに気づき「若い娘(ここも大事)」の愛情を受け取り、新たな人生に船出するつーところが、いかにもデュマチックで凄いよなぁ。

とはいえヴィルフォール検事以外は復讐の相手が小物過ぎないか?という疑念はある。あと子供の時も思ったが、元婚約者メルセデスに対する姿勢が厳し過ぎ。いつ帰ってくるというあてのないダンテスを持ち続け、彼の父の死まで見取ってくれた女性が懇願に逆らえず仇敵と結婚しちゃったからといって、実質的援助もしない。仇敵の娘は助けてるのに、メルセデスには兵士として戦場に向かう息子との別離を余儀なくさせちゃうってのは、何だかなぁ。デュマは女性の不貞に文句を言える立場じゃないし、そもそも不貞じゃない。当時、愛人とでももめてたんでしょうか?

あと、ヴィルフォールの妻が前妻の娘を食事に毒を少しずつ混ぜて殺そうとする設定が「そんなまだるっこしい事するかなぁ?」と子供心に不自然さを感じたが、食事に混ぜられた毒により衰弱して死んだ父を持つデュマにしてみれば「実に説得力のある設定」と思ってたかもしれませんね。


(4)三銃士-ダルタニャン物語1,2 A・デュマ著 鈴木力衛訳 講談社文庫

もっとも有名なデュマの作品ですが、最近は全巻そろえるのが大変で・・。

1巻:田舎から出てきたダルタニャンが一悶着あった後、三人の銃士隊員(アトス、ポルトス、アラミス)と仲良くなり、王妃様の恋の秘密を守るために、リシュリュー枢機卿の部下達と知恵と剣と銃の戦いを繰り広げる。気がきいた会話、ものすごい急展開、刻々と迫るタイムリミットなど生連載で読んだら凄い面白いだろうなぁと言う印象。単行本でゆっくり読むと、正直中身が無さ過ぎる気も・・。銃で撃たれたり、一人で十人以上の敵と戦っている友人を後に残したことをすっかり忘れてるダルタニャンの不思議な友情感も凄いが、恋の思い出に王様からもらった12個もダイヤモンドがついてる首飾りをバッキンガム公爵に渡す王妃様にも困ったもの。そりゃ、王様も枢機卿も怒るって・・。個人的には4人の貧乏暮らしの描写が楽しかった。


2巻:ダルタニャンの女たらしぶりとミレディの虚言癖がクローズアップされる巻。前巻では初心な青年だったダルタニャンが、いつの間にか百戦錬磨の色事師になってるのが可笑しい。女が惚れてる男への恋文を横取りして、その男に成りすましてやったら、そら怨まれるって。ミレディが世間知らずの士官フェルトンを騙して、バッキンガム公爵を殺させる過程は、嘘をつき慣れている人間に対し、善良な人達の間だけで生きてきた人間がいかに無力かを生々しく提示している。とはいえ、大の男が6人がかりでミレディを拉致し、斬首刑に処すのはさすがに「ちょっとなぁ・・。」と思わざるを得ない。しかし、このエピソードや疑念が第2部での太い伏線になっている事を思うとデュマの卓抜した手腕に上手さに感心しますね。


(5)20年後-ダルタニャン物語3~5 A・デュマ著 鈴木力衛訳 講談社文庫

3巻:20年間鳴かず飛ばずで銃士隊副隊長のままだったダルタニャンがリシュリューの跡を継いだ小物マゼラン枢機卿の依頼で三人の旧友を探す旅に出るが、アトスとアラミスは敵対するフロンド派の領袖になっていた。人生の荒波にもまれて良い感じに油の抜けたダルタニャンも良いが、理想の貴族として描かれるアトスことラ・フェール伯爵がめちゃめちゃ格好良い~。息子ラウルに接する姿勢もいかすが、巻末でダルタニャンと知らず剣を交わした後の態度が最高ッス。こんな風に歳をとりたいものだねぇ。あと、能天気でお金持ちになった後でも見栄っ張りなポルトスだが、このキャラどう考えてもデュマ本人くさい。こんな風に自分を作品中で書けるとしたらデュマもただの能天気者では無いという事か・・。


4巻:クロムウェルの右腕であるモードントは母(ミレディ)の死の真相を知り、叔父ウィンターとアトス達に復讐を誓う。アトスとアラミスはフランスに亡命中の英国王妃の依頼を受け、英国王チャールズ一世を救うべくイギリスへ渡る。パリでは市民たちが蜂起による混乱の中、王妃と国王と宰相をパリから脱出させたダルタニャンとポルトスは、宰相の指示を受けクロムウェルの元へ派遣され、親友たちは戦場でまみえることに・・。夫や父の身を案じる英国王妃等の懇願を受け、さらりと命を投げだすアトス、経済力の向上により臣民から市民へと意識を変えつつある元従者のプランシェらと、自分の体以外なんら財産を持たぬがゆえ意に染まぬ上司の命令にも従わねば成らない、ある意味冴えないダルタニャンの対比が面白い巻。清教徒革命との絡みも印象的。クロムウェルも単なる王殺しではなく苦悩する指導者として、また復讐鬼モードントすら情状の余地があるように描かれている。


5巻:四銃士たちの奮闘にもかかわらず、チャールズ一世は処刑台下に潜むアトスに遺言を残し斬首される。フランスを目指す四銃士とそれを追うモードントとの暗闘。周りがすべて敵である英国本土を舞台に迫り来る王の処刑を回避すべく立ち回る銃士達というアクションと歴史的事実とのバランスが楽しい。まぁ、ちと荒唐無稽すぎるといえばそーなんだが。モードントはキャラ的には良かったが、銃士達から「小僧扱い」されたままで終わっており、残念。リシュリュー枢機卿並みの大物として描かれるクロムウェルと絡めるなどして、もう少し強大な敵として描いても良かった気がする。しかし、ダルタニャンも随分と、すれっからしになっちゃったなぁ。


(6)ブラジュロンヌ子爵-ダルタニャン物語6~11 デュマ著 鈴木力衛訳 講談社文庫 

6巻:放浪の国王チャールズ二世は、従兄弟のルイ十四世に英国での王権回復の資金援助を断られ失意の底にあった。アトスことラ・フェール伯爵は亡きチャールズ一世との約束を果たすためイギリスへ。チャールズ二世に王の器量を感じたダルタニャンも銃士隊を辞め、彼を復位させようと意気込み勝手に渡英。独自に兵隊を集めて清教徒の大立て者モンク将軍の拉致を敢行する!これまででもっとも荒唐無稽な設定の中にちょっと(つーか、かなり)人生を投げてるダルタニャンと、資金援助者であるプランシェの男気が光る一遍。馬鹿馬鹿しいが読んでると楽しい。念願叶ってお金持ちとなったダルタニャンですが、どうなります事やら。


7巻:宰相マゼランの死と最愛の女性との別れを経たルイ14世は、王として確固として立つべく自らの手による親政を決意し、マゼランの後釜と目されていた財務卿フーケの追い落としを図る。その為、目と耳だけでなく剣の役割も果たせる人物として、かつて自らを見限って退職したダルタニャンと破格の待遇で再雇用契約を結ぶ。一方、フーケは王からのプレッシャーに苦しみながらも、右腕とも頼むデルプレー卿(アラミス)の機智で何とか窮地を凌いでゆく。お互いに相手の能力を認め合いながら、アトスやポルトスとの純粋な友情関係とは違い、ある種のライバルとして一歩引いた関係だったダルタニャンとアラミスとの虚々実々の駆け引きが楽しい。久々にダルタニャンの有能さを堪能できる巻。


8巻:ルイ14世の弟妃としてやってきた英国王の妹アンリエッタの小悪魔的魅力に国王も弟殿下もギーシュ伯爵もメロメロ。アトスの息子ラウルが献身的な愛情をささげるラ・ヴァリエール嬢はラウルを無視して国王への愛を告白するわ、王弟妃はギーシュと寝ちゃうわと、恋の鞘当てでいっぱいな青年王の宮廷を描く。とはいったものの、正直すんげぇ~ダルイ。何度挫折しそうになったことか。だってダルタニャンすら出てこねーんだもの。(おいおい)しかし、アラミスが「王国最大の秘密」と引き換えにイエズス会管区長に任命されるシーンは激かっこいいぞ!


9巻:自らの恋のために邪魔者のラウルをイギリスに追いやるルイ。大使のはずなのに私生活の悩みで悶々としているだけのラウルやいまいちよく分からない理由で決闘して重傷を負っちゃうギーシュが困り者。ルイとコルベールの締め付けに次第に追い詰められるフーケを守るべく起死回生の逆転策に踏み込むアラミス。この辺りから「アラミスが主人公なんじゃねーの?」と思わせる展開。でも、前巻同様、アラミス登場シーン以外はオイラにはかなりダルイ・・。


10巻:直言して王の不正を責めるアトスだが「色恋沙汰に親が首を突っ込んでもねぇ・・」という感は無きにしも非ず。王の怒りをかい、自らバスチーユへ向かうことを望むアトスに対し、ダルタニャンは自らの誇りと王の権威のため、命を投げ出してルイを諌める。自分たちを勇者の亀鑑と任じ、正当でない権威に対しては全てを投げ出しても抗う老勇者たちの気概と友情が泣かせる巻。このダルタニャンの諫言は「ここまで頑張って読んで良かったよなぁ。」と、しみじみ思わせるほどイカス。アラミスのローマ法王たらんとする壮大な野望も楽しい。フーケ失脚時、最大の謎のひとつは自らを守る鉄壁の楯である検事総長の地位を危機が迫っているにもかかわらず売り渡しちゃったことだが、この点を身を呈して助けてくれた女性に借りを返すためとしてあるのがデュマらしいね。


11巻:ルイと双生児のフィリップ王子を入れ替えるというアラミスの壮大な計画は「え?こんな簡単に終わっちゃうの・・。」と、愕然とさせられたが、そこは我慢。アラミスと共に王軍に追われる羽目になったポルトスは彼らに心酔する若者を含む106人(!)の兵士を討ち果し、古代の戦いの神の如く、呑気かつ雄々しく戦い命を落とす。ラウルは失恋の痛手から立ち直れず自らを死地に追いやり、アトスは「もうちょっと能天気な若者に育てるべきだったかなぁ」と反省しつつ、息子の死と共に帰天する。イエズス会管区長としての力で生き延び、スペインの公爵となったアラミスと再会したダルタニャンは、陸軍元帥の証である杖を受け取ったその日に戦場に果てる。

連載が忙しすぎて自分の作品の内容をすっかり忘れていたデュマ本人(苦笑)は晩年自作を読み返し、息子が感想を問うのに答えて「モンテ・クリスト伯は面白かった。でも、三銃士ほどじゃないね。」と言っており、「おいおい、モンテ・クリスト伯より面白いってのが、そうそうあるか?」と疑ってましたが、なるほど、おっさんの私としては人生の苦渋と悲哀をも書ききった三銃士のほうが面白かったですわ。


(7)椿姫 デュマ・フィス著 新庄嘉章訳 新潮文庫

父を区別するために息子を意味する(フィス)をつけて、デュマ・フィスと呼ばれる同名の息子の代表作。ドラマティックな展開と話術の巧みさで引っ張る父とは異なり、小さな世界をシットリと描くのが作風と言われているがこれしか読んだ事無いので詳細は不明。オペラとしても有名な悲劇作品。個人的には冒頭の墓から死体を掘り出し、朽ちかけた遺体を抱いて号泣するシーンのインパクトや苦労しらずのアルマン君にイライラさせられた印象が強くて、悲劇として楽しみきれなかったのが残念。著者をモデルにしたアルマン君は実に生活感の無いキャラで、生活費は「賭けをやるとなぜか勝つので、それで暮らしてる。」などどのたまい「なめとんのか、コラァ!」とか思うが、当時のフィスはパパのお金を使って遊び暮らしてたので、彼的にはリアリティのある設定なのだろう。「じゃぁ、貴様、父親の金で女買ってるのか、コラァ!」とか思うが、それも言いっこ無し。なんだかんだで、父の最期も看取ってるし、文名もあげたし、なかなかよくできた息子ですから。


(9) ドゥミモンデーヌ-パリ・裏社交界の女たち 山田勝著 ハヤカワ文庫

19世紀フランスに咲いた仇花「ドゥミモンデーヌ」と呼ばれる高級娼婦たちについて記した本。もっとも有名な高級娼婦で「椿姫」のモデル「マリー・デュプレシス」の項目あり。こんなんで商売やっていけるのか?と心配になるくらい、線の細い女性として描かれている。デュマ・フィスは椿姫をちょっと女王様入ったキャラに描いちゃったので、彼女はすでに亡くなっていたが、フィス同様彼女を知る人達から「本物のほうがずっと良い」「あんな女に描きやがって!」と、かなりブツブツ言われたらしい。しかし、彼女らみんな凄い借金抱えて、悲惨な末路が多いですねぇ。


(10)新聞王ジラルダン 鹿島茂著 ちくま文庫

ジラルダンの項でも取り上げた世界最初のメディア王の伝記。彼が創めた新聞大量発行の切り札が、波乱万丈なストーリー展開で毎日目が離せなくなる「連載小説」。そしてデュマはユージェーヌ・シューと並ぶ連載小説最初期の帝王であり、代表作のダルタニャン物語(特に三銃士)は新聞小説ならではの細切れのスピーディな展開が楽しい作品。しかしヤマ場以外は思ったより冗長なシーンが多い気がするのも事実。実は図々しさにかけては天下一品のデュマは「1行3フラン」という契約を元に三銃士では、従者に「はい。」「いいえ。」だけを喋らせて原稿を水増ししていたが、ジラルダンが新たに“行の半分を超えないものは1行としてカウントしない”という条件をつけたため、後にはこんなズルはしなくなったと「パリの王様たち」にある。三銃士は「プレス」じゃなくて、ライバル紙「シェークル」連載だから、なんかちょっと違う気もするが(マケとの最初の合作「騎士ダルマンタル」か?)、もしジラルダンがこうした規制を設けてくれたのだとすると、これによってデュマの作品の質が向上したともいえる。ありがとう、ジラルダン。たとえ原稿料をケチるのが目的だったとはいえ、今となってはすべて許すよ。ちなみにデュマは19世紀No.1と謳われたジラルダン夫人のサロンでも明るいキャラクターで人気者だったらしい。この本に載っている当時のカリカルチャァ(風刺画)では、陽気な黒人の大男として描かれてますね。


(11)明日は舞踏会 鹿島茂著 中央公論新社

三銃士の一人「ポルトス」は代訴人の未亡人である老婦人と結婚して初めてお金持ちになることが出来た。若く健康で将来のある男が自分で道を切り開くのではなく、婆さんを上手く手玉にとってお金を引き出すのは、今の感覚で言うとあまりにもヒモっぽく、騎士のやる事ではないと思うが当時はこれが普通。社会的身分が固定されていたので自力だけでお金持ちになるのがほとんど不可能なことは、ダルタニャンが20年間も銃士隊副隊長のままなのでもわかる。そのため“①お金持ちの老人が貧乏人or貧乏貴族の若い娘と一緒になる”→“②夫の死後遺産を相続した老婦人が若い男と再婚する”→“①老夫人の死後、遺産を相続した夫が若い娘と再婚する“→(繰り返し)という経済循環経路が確立しており、これに逆らって貧乏な若い美貌の男女が一緒になろうとすると椿姫のような悲劇となる。本著は当時の結婚生活を対照的な二人の女性を描いた小説を元に紹介したもの。「馬車が買いたい」や「新聞王~」と比べると正直いまいちだが、当時の風俗を知るには、それなりに役に立つ本。


(12) まむしの周六-萬朝報物語 三好徹著 中公文庫 

モンテ・クリスト伯を「岩窟王」と題して翻訳(実際は翻案)した黒岩涙香こと黒岩周六の伝記。本業は翻訳家ではなく、大衆誌である「萬朝報」の社主件編集長。新聞売り上げキャンペーンの一環として新聞小説、それも外国で大当たりを取った作品の翻訳(噫無情:あぁむじょう等)を多数掲載した。新聞としてはスキャンダル(相馬事件等)を煽った報道が多く、新聞の紙に他社と差別化するためピンク色の用紙を用いた事もあって「赤新聞」と呼ばれる胡散臭い、大衆におもねった新聞の固有名詞としても使われた。独特の社風から、内村鑑三、幸徳秋水ら硬骨のジャーナリストも要したが、最後まで彼等を支える事は無かった。著者の代表作「革命浪人」同様、周六を通して時代の群像を描こうとしたのだろうが、主人公の魅力がいまいち読者に伝わりにくく、新聞人として強い共感を持っている著者とのギャップを最後まで埋め切れなかった感がある。


(13)ダルタニャンの生涯-史実の三銃士 佐藤賢一著 岩波新書 

フランス歴史もので定評のある人気作家佐藤賢一氏による、三銃士の主人公ダルタニャンのモデル紹介本。デュマが1巻の冒頭で取り上げているネタ本だけでなく、その元ネタになった実在の人物にまで踏み込んでるところがミソ。幼年期に「フロンドの乱」による、混乱と恐怖を経験したことから、人間不信の傾向のある国王ルイ14世がら深い信頼をうけていた、実在の銃士隊長ダルタニャンについて、出身地ガスコーニュの歴史や風土的背景から始まり、家系や人脈までわかりやすく提示している。小説ほどヒロイックではないが、引き立ててくれたマゼラン枢機卿に最後まで操を立てたり、王の命令により自らが逮捕、監禁していた財務長官フーケに、自分の権限内で出来る限りの温情を示すなど、「王には忠義あり、護送する囚人には人道あり」と敵味方問わず賞賛された、男気のある人物が描かれる。ある意味、小説のちょっとトッポいダルタニャンより好感の持てる人物ですな。


(14)黒いチューリップ デュマ著 宗左近訳 創元推理文庫 

チューリップオタクのお金持ちで能天気な主人公は、黒いチューリップの球根を作り上げたと思った矢先に、名付け親兄弟の政治的失脚により無実の罪(?)で逮捕され、処刑は免れたものの終身刑に。失意の中、何故か主人公を慕うようになった美人で聡明な牢番の娘の奮闘で、名誉と自由と愛情を手に入れて、めでたし、めでたしと。えぇ、ばらしても全然問題ないですよ。誰だってわかる展開だし。市民のリンチによるオランダ総理兄弟の死というかなりどぎついオープニングで始るものの、謎解きとかはどーでもいい。これは理系のオタッキーが「娘もチューリップも(笑)どっちも大事だけど、どーすりゃいいの・・」と初めての色恋沙汰にオロオロする所を楽しむ作品。マジに全編オロオロしてるだけの、実に情け無い主人公がある意味凄い。なぜかドストエフスキーの「罪と罰」を連想したが、重厚さは一万分の一以下。その分、テンポは百倍速い。後に英国王になるオレンジ公ウィリアムが、冷酷なんだかいい人なんだか分からないのは、最初のキャラ設定を途中で忘れちゃったんじゃないかと思わせますが、ハッピーエンドなので気にしちゃ駄目です。


(15) 昭和天皇の妹君―謎につつまれた悲劇の皇女 河原敏明著 文春文庫 

ダルタニャン物語では鉄仮面の正体はルイ14世の双子の兄弟であり、将来に禍根を残すことを恐れた王と王妃により日陰者の生活を余儀なくされたことになっている。「いかに高貴な身の上とはいえ、実際にそんなことがありえるかなぁ?」つーのは当然の疑問だが、これと似た題材が日本にもある。昭和天皇の弟「三笠宮殿下」と双子でありながら、実母九条節子皇后(大正天皇妃)の計らいによって他家に引き取られ、幼少のころから奈良円照寺の門跡として育てられたとされる女性について、皇室ライターが多くの証言を元にまとめたのが本書。この手の本にありがちな胡散臭さもあまり無く、なかなか読み応えのある本。真相は永遠に闇の中だろうが、世の中色々あるよなぁと思わせる。


(16) 鉄仮面-歴史に封印された男 ハリー・トンプソン著 月村澄江訳 JICC出版局 

三銃士でその存在が世界に示されることになった謎の人物「仮面の男」の正体を、これまで取り上げられてきた候補者ではなく、放蕩に身を持ち崩したルイ14世の異母兄ユスターシュ・ドーシェとした著。秘密の鍵は「ルイ14世は父王(13世)の実子ではなく、弟に王位を奪われるのを嫌った王が、王妃と近衛隊長(ユスターシュの父)との間に生ませた子である」というもの。謎解きも楽しくそれなりに説得力のある説。何より、ドーシェの実弟とルイ王が実際にそっくりなのが説得力を増している。13世と王妃の間に性的関係がなかったのは、どうも周知の事実だったらしく「ダルタニャン物語9」でも、王国最大の秘密について「王が先王の実子ではないことは知ってますが・・」というフーケに対し「そんなことは誰だって知ってるし、先王が認知してるから問題無いんだよ。」とアラミスが冷たく言い放つシーンがあり、「えーと、それって問題ないか?」と笑ってしまいました。出来ればダルタニャン物語を読んだ後で、読むことをお奨めします。おいらは先にこれを読んでたのでフィリップ王子編を十分に楽しめなかった感があり、今にして思うとちょっと残念ですわ。


(17)黒い悪魔 佐藤賢一著 文芸春秋 

実の父(ラ・パイユトリー公爵)に一旦は奴隷に売られ、買い戻されフランスで教育を受けたものの、父の再婚を期に自立。革命の混乱のさなか、卓抜した己の肉体と戦闘能力で栄光の座にのし上がっていった人物を、佐藤賢一氏が「奴隷、黒人コンプレックスを持つ模範的共和主義者」、また「アトス+ダルタニャン+ポルトス」としてちょっとアトス寄りに描いている。氏のベストの作品と比べるとスケールが小さく、キャラも画一的なのだろうが、個人的には十分楽しめた。ロベスピエールのとって付けた様な救出劇も「二十年後」のアトスへのオマージュだし、結構インテリぽい所も感情移入しやすかった。

欲を言えば奥さんは最後の最後まで「導き手の天使」として、ボナパルトも体は小さく女の趣味は悪いにしても徹底的に輝かしい天才として描いた方がキャラが立ったように思う。題名も「ディアブル・ノワール」の方が良かったかも。ともあれ、デュマパパの活躍を知るには良い本です。


(18)パリの王様-大アレクサンドル・デュマ物語 ガイ・エンドア著 河森好蔵訳 東京創元社 

デュマを主人公にした伝記ではなくあくまで小説。デュマのデュマらしさを表現するには、見てきたような嘘が必須なのでわかって読めばそれで良し。ただ、説明がくどくて前半はテンポ悪し。中盤以降は、巨大な父に振り回されながらも成長していく息子が主人公となり、正直、息子のほうが感情移入しやすいので、以降は非常に楽しく読める。内妻カトリーヌ・ルベーの描写も史実とは異なる(実際は晩年、デュマ本人は正式に結婚しても良い気になったが、彼女が「今さらねぇ」と拒否)が、小説としてはこれでいいんじゃないかな。しかし、こんな男を父や夫に持つと、確かに大変だよなと思います。


(19)二人のガスコン 佐藤賢一著 講談社文庫 

マゼラン枢機卿から、マリー・ドゥ・カヴォワ監視の指令を受けたのは、銃士隊解散後、マゼランの密偵となっていたダルタニャンと無頼詩人シラノ・ド・ベルジュラック。ルイ14世出生の秘密を追う過程で、二人は自らの生き方と向かい合うことになる。話は冗長、ヒロイン駄目駄目、もとネタばればれのうえ、ダルタニャンもシラノも理知的過ぎ、正直、佐藤氏の作品の中ではそれほどでも無いような。しかし、デュマにはしみったれの小心者としてしか描かれていないマゼラン枢機卿の覚悟と男気には痺れますぞ。なるほど、出生の秘密がこうだとすると、よっぽどの覚悟と愛情が無ければフランスに来ませんね。この視点はグーでした。三銃士とは完全にリンクしては無いですが、第一部は読んどいたほうが良いかもです。


(20)赤い館の騎士 A・デュマ著 鈴木力衛訳 角川文庫 

囚われ、処刑を待つばかりの身となった王妃マリー・アントワネットを救出すべく、革命軍の包囲網の中、神出鬼没、獅子奮迅の奮闘をする不屈の騎士、その名はメゾンルージュ(赤い館)。でも彼はほんとに脇役で、名だたる革命の闘士でありながらメゾンルージュと懇意な王統派の人妻に惚れちゃった為に、あれよあれよという間に反革命の汚名を被り、転落していっちゃう青年が主人公。デュマはこの手の色恋沙汰に慣れない男のオロオロっぷりを描くのホント上手いなぁ(笑)。彼もヒロインもキャラクター的にはそれほど魅力的じゃないですが、悪役シモンの凄い憎々しさと、「君が行くなら僕も行こう、君が死ぬなら僕も死のう」とばかりに、さらりと命を投げ出す主人公の友人ロラン君が特筆。ロラン君は、まるで葉隠武士のごとき死生感で凄ぇ。命が鴻毛の如く軽い時代に有っては世の東西を問わず似た価値観になるわけですかねぇ。でも、ラストの台詞、ありゃ無いよな・・。


(21)デュマが語るくるみ割り人形 アレクサンドル・デュマ著 矢野正俊訳 貞松・浜田バレエ団 

ドイツ人作家ホフマンの原作をデュマがアレンジした作品。チャイコフスキーのバレエ「くるみ割り人形とネズミの王様」の原作は実はこのデュマ版。ホフマン版の登場人物の設定を入れ替えたり、省略したりしてよりテンポ良くチューニングしてあるのがデュマならでは。あとがきにはデュマによる変更箇所もちゃんと記されてます。しかし、これバレエだと戦闘シーンとかどうなるんだろう?ちょっと不思議。


(22)ラインの古城 デューマ著 竹林章訳 三崎書房 

ドイツの伝説を基にしたデュマ作「エプスタインの城」の邦訳。ドイツ貴族である暴虐な父の誤解によって母を殺され、古城に打ち棄てられた少年は母の亡霊と心優しい乳母一家に見守られて成長していくが、一家の宿縁ともいえる身分違いの愛とフランス革命の余波がささやかな彼の望みすら打ち砕かんと襲い掛かる。14歳まで学校にも行かずに森の中で育った貴族の少年という設定は一般的には無茶だが、デュマにしてみればその後の生活の中での教育を含めて、たぶん実体験。冒頭とラストが取って付けたような怪奇譚風になっちゃってるのを除けば、小粒ではあるが全編デュマテイストに満ちた良品。文庫にしても良いくらいだと思う。


(23)アレクサンドル・デュマ アンドレ・モーロア著、菊池映二訳 筑摩書房 

原題は“三銃士“にちなんだ”三人のデュマ“。もちろん、デュマ将軍、大デュマ、小デュマという同じ名を持つ三代にわたる巨人達の伝記。中核は大デュマだが伝記作家として名高い著者の視点は自然と小デュマに向かう。放蕩の果てに、中風で動かなくなった体を引きずって「お前の家で死にに来たよ。」と継げる、大きく強く温かいが、同時に永遠に成長しない父を温かく迎え、彼に誇りと自信と安らぎを与えて、死出の旅路を見送る息子の姿がイカス。また、他の本では殆ど語られる事が無いが、椿姫の初演以降、パリの演劇界では死ぬまで王様として君臨し、父の果たせなかったアカデミーフランセーズ入りも果たしたデュマ=フィスの経済、文学両面の大成功ッぷりが何か爽快。自らの出自が苦悩とシニズムの根源なのに、人妻と付き合ってた為に、できた子供が私生児になっちゃって(当たり前だ!)悩み苦しんだりするのが、人間くさくてまた楽しい。強大な父という運命の力に振り回されて深く傷つきながら成長した為、基本的に女性に憐憫は感じても決して愛情を抱くことの無かった彼が、人生の最晩年において若い娘さんとの間にシンプルな意味での愛を得て、恐れおののきつつも再婚という新たな人生の船出を行うっていうのは、これまた、父とは別の形でモンテ・クリスト伯のラストシーンを地で行ってます。デュマ本としては超~お奨めです。


(24)恋の火あそび デュマ・フィス著、鈴木力衛訳 角川書店 

“椿姫“以外は日本訳を殆ど見かけないデュマ・フィスの短編集。訳もダルタニャン物語の鈴木力衛さんなので安心。とはいえ、収録作はたったの2作。「恋の火遊び」は美人だがどこか欠けてる伯爵夫人がいたずら心の果てに恋の“痛み“を知るお話。椿姫のすぐ後に書かれた作品とのことだが、うーん、まぁ正直どうでもいいやって感じ。どーせなら「椿姫」と対にするために「真珠姫」とか訳してほしかったなぁと思います。「鳩の懸賞」は古今東西の知識を身に付けた男が実際に大金を得るに用いる事が出来たのは・・、といった軽いコメディ。こっちの方がまだ楽しめるが個人的には身につまされる感も有り、ちょっと痛かったです。


(25)ダルタニャン色ざんげ 小西茂也著(訳) 河出書房 

“三銃士“を含むダルタニャン物語の元ネタとしてデュマが使用した、サンドラス著”ダルタニャン回想録“の邦訳。冒頭の決闘シーンと三銃士との友情の芽生え、下宿屋の女将さんへの恋心、下女をたらし込んでミレディを騙してやっちゃうといった“三銃士“編のちょっと破綻したネタは、この本にまんま盛り込まれていました。後半にはクロムウェルがちらりと登場する英国編もあります。あと訳書の題名がいまいちと思いましたが、読んで見ると確かにこう名づけたくなりますわ。ダイヤの首飾り事件が無いので、話のスケールは甚だ小さいですがジェットコースターチックな急展開で全編が満たされておりデュマが良いネタを見つけたと喜んだだけの事はある、相当に面白いメモワールです。ここまできたら、もうひとつの元ネタ“ロシュフォール伯爵回想録”も読んでみたいですよねぇ。現在は復刻版が発売中の様子、お奨めです。


(26)岩窟王 有原由良脚本、前田真宏漫画 講談社 

評判の高いアニメ“岩窟王“を人気監督が自ら漫画化したというある意味大変貴重な作品。テクスチャマッピングを用いてこれまで見たことの無い絢爛豪華な映像を作り上げていたアニメ版と異なり手書きの漫画なので正直かなり地味・・。とはいえ、時代を近未来に移し、“モンテ・クリスト伯”を復讐のターゲットとされた“罪の無い少年の視点”で描くというのは、他の派生作品とは異なる素晴らしいアイデアと思いますので、大変とは思いますが完結まで投げ出さずに描ききってもらいたいものです。


(27)ロビン・フッドの冒険-国際版少年少女文学世全集10 大デュマ著、ピッカ絵、坂斉新冶訳 小学館 

死後に出た大デュマの著“追放者ロビン・フッド”が原作。イギリスの民話をフランス人のデュマが小説化し、それにイタリア人が絵を付けた子供向けの本の日本語訳。ロビン・フッド民話の中では、比較的後期の作品をベースに、デュマらしい恋と冒険の物語に仕上げている。妻を失い、失意の中で放浪する姿や、敵を失い静かに老いて死んでいくロビンの姿まで描いている所が良心的か。しかし、子供に読ませるには読後感がちょっと重すぎないか、と思ったりもしますな。


(28)王妃の首飾り A.デュマ著 創元推理文庫 

フランス大革命に題をとった大デュマの長編4部作の第2部に相当。ヴァロア家の末裔を自称する野心家の伯爵夫人ジャンヌは王妃マリー・アントワネットに取り入ることに成功する。そこに登場した軍艦の価格に匹敵する豪奢なダイヤの首飾り。誘惑をはねのけた王妃であったが、その首飾りに王妃が心を残していることを知るジャンヌは王妃に瓜二つな女を仲間に引き入れ、黒い策謀を張り巡らす。ジャンヌの野望は舞台回しである錬金術師カリオストロ伯爵、本事件で最大の被害を被るロアン枢機卿、王妃に心惹かれる貴族達の思いをも巻き込んだ大事件へと発展する。大デュマの長編として有名だがこれまで取り上げていなかったのは、主人公が女性のためか読了までに何度も挫折したから。そもそも、4部作の2作目しか翻訳されてないってのがきついよな。その為、カリオストロ伯=ジョセフ・バルサモって設定が生かせて無く、もう一人の女ヒロインアンドレが根暗でエキセントリックなキャラに読めてしまう。どなたか前後の作品を訳してくれませんかねぇ。


(29)パリ名作の旅-虚像と現実の二重映し 小倉和夫著 サイマル出版社 

パリを舞台とした名作の中に出てくる建物や通りといった地名を実際に訪れ、その作品の中で暗示されている歴史的背景や因縁について紹介した書。オープニングに三銃士が取り上げられている。ミレディにカーライル夫人というモデルが居るという記述は興味深いです。著者は経済協力開発機構の日本代表公使という文筆を生業とする人ではない為、ある種の素人臭さは否めないが、パリ散策の文学ガイドブックとして使えるよう誠実に書こうとしている点は評価できる。


(30)フランス反骨変人列伝 安藤正勝著 集英社親書 

三銃士のラストで、ダルタニャンは王であるルイ14世に逆らい己の意地を貫くが、太陽王と呼ばれ絶対権力者として世界史に名を残すルイに対し、己の意地を貫いた無名の人物が実際にいる。ラウルが愛したラ・ヴァリエール嬢を蹴落とし、王の寵妃の座に就いたモンテスパン侯爵夫人の夫がそれ。ルイ14世の治世、未来の元帥を夢見て軍務に励むモンテスパン侯爵には、王妃マリー・テレーズの侍女を勤める自慢の妻フランソーワーズが居た。妻を信頼しきってスペインとの戦争に出陣していた侯爵は妻がすでに王の愛人(寵妃)となっているという噂を耳にする。急ぎパリへと駆けつけた侯爵は噂が事実であり、自らが寝取られ男としてパリ市民に知れ渡っていることを知った。これを機に王に取り入ることが当時の処世術であったが、当時の貴族には珍しく妻を愛していた侯爵は妻の不貞を許すことが出来ず、喪服を着用して王にまみえるなど愚直なまでの抗議を繰り返す。お気に入りの愛人を守るため、侯爵へ逮捕、投獄、パリ追放、離婚の強要といった非情な命令を下す絶対権力者である王に対し、妻は亡くなった者として領地で壮大な葬儀を行い、公爵への叙爵を蹴るなど、無力ながらもあくまで男の意地を貫き通す姿がイカしてます。


(31)アドリア海の復讐 ジュール・ヴェルヌ著 金子博訳 集英社文庫 

サンドルフ伯爵は祖国ハンガーリー独立の運動に邁進するさなかに密告を受けて投獄され、脱獄したものの、荒海に飲まれて消えた。15年後、財力と科学力を手にアンテキルト博士として復活した伯爵は、裏切り者への復讐を開始する。当然だが、モンテ・クリスト伯のヴェルヌ版。「“巌窟王”を凌ぐ傑作、登場」が文庫発刊時の売りだったが、それは言い過ぎ。うーん、面白さとしてはモンテ・クリスト伯を10とすると7くらい。正直、ちょっと物足りないが、娘さんの使い方は悪くなく、これはこれでそれなりに楽しい作品かと。


(32)虎よ虎よ アルフレッド・ベスター著 中田耕治訳 早川SF文庫 

モンテ・クリスト伯をベースにしてそれに匹敵する面白さを持つ傑作。おいらにとってはここに書いてるように永遠のSFオールタイムベスト。ダンテスは元々優秀な人物だが、本主人公のガリヴァー・フォイルは元は体力だけのぼんくら下級船員。その駄目人間っぷりは「自分を見捨てた“船”に本気で復讐しようとしてたくらい」の大バカ。そのバカ男がヒロインの示唆と復讐の情念を駆動力に、魅力的な人物に成長していく描写がイカス。復讐を果たすべき相手との運命的出会いと最後の別れのシーンがこれまた魅力的。ベスターは「分解された男」も「コンピューターコネクション」も面白いですよ。どなたか映画化してくれませんかねぇ。アニメでも良いですから。(たしか日本の戦後アニメ黎明期にパイロットフィルムが作られてた記憶がありますが、そんなの見れないし。)


(33)褐色の文豪 佐藤賢一著 文芸春秋 

デュマパパを描いた“黒い悪魔“の続編。伝説的将軍の父に憧れる陽気な少年アレックス(後の大デュマ)は、天性のポジティブシンキングと人に好かれる性格を手がかりに、文壇の世界で、現実とは思えない成功街道を驀進する。前半部は無名時代のアレックスを知る友人や母の視点で、後半は成功者でありながらも、現実世界で力を発揮した父へのコンプレックスを拭いきれない大デュマ本人の視点で描かれる。まぁ最初っから本人の視点だと電波が過ぎる(笑)と思うので、これはこれでよい選択かと。冒頭のナポレオンのシーンはオマージュというか“パリの王様”からの確信犯的パクリですが、避けて通れないシーンなので問題なし。カトリーヌが「本屋を開くので、傑作を書いてくれ」とデュマにハッパをかける場面は女の意地と愛情が感じ取れる名シーン。ラストがガリバルディと組んだイタリア統一戦における“現実世界での奮闘”なのも良いと思います。とはいえ“アンドレ・モーロアの本”ほど面白いかと言われれば微妙。小説としては“黒い悪魔"の方が面白いと思います。ここまできたら小デュマだけでなく、佐藤氏にデュマの翻訳をお願いしたい所ですねぇ。著者の力量から考えると翻訳に時間を取られるのは勿体ないとは思いますが、村上春樹氏だってバリバリ翻訳している昨今、いかがなもんでしょうか。


(34)怪帝ナポレオン三世-第二帝政全史 鹿島茂著 講談社 

これまでは“叔父(ナポレオン)の七光りで運良く政権の座に就き、策謀を巡らせて敢行したクーデターにより皇帝になったものの、プロシアとの戦争で化けの皮がはがれて没落したボンクラ“と否定的にしか見られていなかったナポレオン三世を、彼の治世を積極的に紹介してきた鹿島茂氏が最新の研究成果をふまえて再評価を行った書。謎だらけのナポレオン三世の行動を、“主権は常に人民にあり、その福利を最優先とする為には中央集権体制(場合によっては独裁制)が必要である“と確信し、誰からも期待されてないのに、自己の果たすべきと信じる指命に基いて行動する希有な(当時の人から見るとあまりにも奇怪な)人物として描いている。サン・シモン主義に基づく社会福祉、産業(特に鉄道)と経済の発達を推し進めた様子を日本のバブルや今はやりのファンドなどと絡めてわかりやすく紹介している。


(35) magazine littéraire № 412 SEPTEMBRE 2002 -ALEXANDRE DUMAS 200 ans après 

デュマ生誕200年(7月24日)と遺灰のパンテオン(万神殿)への移送決定を受けたて編まれたフランスの雑誌のデュマ特集号。フランス語なのでもちろん読めません。子供のように挿絵を眺めるだけですが、若き日のデュマや見たことのないデュマパパの肖像など、それなりに面白かったです。若くスマートなデュマのカリカルチャーもあり、かなり若い頃から風刺画に取り上げられてるんだなぁって思いました。


(36)ボルジヤ家罪悪史―世界猟奇全集第五集 ヂューマ著、横溝正史訳 平凡社 

アレッサンドロ6世とその息子チェザーレ・ボルジアの栄達とその死を描いたデュマ版“チェザーレ・ボルジア-あるいは優雅なる冷酷“。あ、逆でデュマが先か。(笑)チェザーレの毒の指輪、法王が用いる毒針のある戸棚、ルクレチアと兄達の性的関係の示唆、毒ワインを誤って飲んだ事による法王の死とチェザーレの没落など、古典的ボルジア家像の集大成として読むことも出来る。とはいえ、著者が主人公のチェザーレ(訳文中ではシーザー)にあまり思い入れが無いためか、キャラが弱くて歴史的記載に追われており、デュマの他の作品と比べるとかなり地味。ホントにデュマが書いてるのかな~。翻訳がなにげにあの“横溝正史”で氏も月報の題名を“デュマと影武者“にしてるほど。世界猟奇全集と銘打ってますが、謎の裸体写真が挿絵になってる位で、内容は別に猟奇じゃないです。あと、塩野七生さんの「チェザーレ~」を先に読んでおくことをお奨めします。


(37)ジョルジュ アレクサンドル・デュマ著、小川節子訳 日本図書刊行会 

南海に浮かぶ旧フランス植民地モーリシャス島を舞台に、ムラート(白人と黒人の混血)に生まれ、白人島民からの理不尽な仕打ちに反発して、自らを知力、体力共に鍛え上げたジョルジュは島の白人への反乱という熱望を抱いてヨーロッパから帰島する。頭が良いんだか悪いんだかよくわからない主人公、いい人なのに全然報われない英国人提督、忘れてるのかと思いきや終盤大活躍する兄ちゃんとパパ、良い娘だがいつものごとく役には立たないヒロイン、そして愕然とするくらい超やばい反乱の鎮圧方法。(苦笑)デュマが劇作から小説に転換した極初期の作品ではあるが、三銃士の前年の作なので十分に面白い作品。ストーリーも似ていますが個人的には“赤い館の騎士”よりこっちのほうが面白いと思います。結構、お薦め。翻訳も悪くないです。

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(38)象牙色の賢者 佐藤賢一著 文芸春秋

“黒い悪魔“、”褐色の文豪“と続いた佐藤氏版デュマ家三代記の完結編。全編、一族の中では常識人として語られることの多いデュマ・フィスの独白形式で綴られている。主人公の思考が他の二人と比較すると、視点に偏りのない一般的な人物、しかも著者と同じ作家として描かれているので、私小説的一人称形式でも読み易く個人的は好きな作品。著者も書きやすかったのではないでしょうか。でも、前2作が一応、小説としてのオチが先に考えてあったのに対して、すらすら書いちゃったらオチがこうなっちゃった的感じがするのが残念。もう一ひねりして欲しかった。多分、独白が書きやす過ぎたんだと思う。とはいえ、デュマ家三代記を最後まで書ききったのは偉いですねぇ。


(39)ナポレオン-獅子の時代13 長谷川哲也著 少年画報社 

冒頭がエジプト遠征におけるナポレオンの野心を糾弾してデュマパパがナポレオンの下を去るエピソード。本作品ではデュマパパはカイロ暴動の前、ナイル河の戦いで奮闘後に追放されてるわけだが、その辺が史実と異なってるのは、巻末にちゃんと書いてあるから気にしちゃ駄目。実際は経営者と現場を仕切る中間管理職の対立や、野心家の将軍と根っからの共和主義者の軍人との反目だったんでしょうが、漫画では、兵士を消耗品と見る近代戦の指揮官と自らの意思で戦う戦士との反目として描かれている。カイロ暴動での活躍を期待していたが、デュマパパの描かれ方として、まぁ、これはこれで良しかと。巻頭の扉絵でデュマパパが描かれてますが、どうせなら表紙をデュマパパにして欲しかったなぁ

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