植村直己(うえむら なおみ)

1941.2.12~1984.2.13(?)

1941年、兵庫県城崎郡日高町の農家に6人兄弟の末っ子として生まれる。明治大学農学部に入学し、山岳部に入部して始めて登山を知る。大学卒業後、日本脱出。アメリカの農場で不法労働で逮捕されるが、担当者の温情で日本への強制送還は免れ、ヨーロッパへ。モルジンヌのスキー場に就職し、登山資金を貯める。1965年、明大ゴジュンバ・カン登頂隊に途中から参加、第二次アタック隊として初登頂を果たす。フランスに帰った後、モンブラン、マッターホルン、ケニア山、キリマンジャロと意欲的に山に登る。南米最高峰アコンカグア単独登頂、アマゾン河を筏で下るなどした後、日本に帰国。

1970年、日本山岳会のエベレスト遠征に参加し、松浦隊員と共に日本人初登頂。直後に北米最高峰マッキンリー単独初登頂を果たし、世界で最初の五大陸最高峰の登頂者となる。この頃から南極横断の夢を抱く。夢の実現のため、エスキモーと共に生活し、犬橇と極地での生存術を学ぶ。1974年野崎公子と結婚。犬橇単独12000㎞の旅に成功。1978年北極点単独行、グリーンランド縦断に成功し世界的名声を得る。1981年始めて隊を率いて冬季エベレストを狙うが、隊員の死もあり断念。アルゼンチン軍の協力を得て進めていた南極横断の夢も1982年フォークランド紛争の勃発により断念せざるを得なくなる。新たな夢、野外学校設立の参考のためミネソタの野外学校に講師として参加。1984年2月12日、43歳の誕生日に冬季マッキンリー単独初登頂を果たすが、登頂を伝える交信の後、消息を絶った。


注目理由

始めて知ったのは北極点単独行の時、たぶん学研の「科学」か「学習」の記事じゃないかなぁ。まぁ、知ってるってだけだったんだけど、彼の遭難後かなり経ってから読んだ「青春を山に賭けて」が凄く面白くて、それ以降「植村本」を集めてます。何処が良いかと聞かれれば、よく言われていることですが「古き良き日本人の美徳」を感じさせるところでしょうか。寡黙で飾らず、常に相手を気遣い、それでいてやることはやる、といった。当方は、全然そんなタイプじゃないからよけいに惹かれるのでしょう。また、彼が忘れ去られつつある今だからこそ、かつての英雄賛美といった風潮にとらわれること無く、植村を再評価することが出来る時期ではないでしょうか。まぁ、ごたくは置いとくとして、植村の著作は面白いから是非読んでねと。


参考文献

(1)青春を山に賭けて 植村直己著 文春文庫

「俺はこんな事をやってきたんだぁ~」という叫びが聞こえそうなくらいエネルギッシュな処女作。田舎出のコンプレックスの固まりのような青年が、夢にめがけてひたむきに前進し続ける姿を応援せずには居られない。ゴジュンバ・カン登頂後、ネパールからフランスまでヒッチハイクで帰ったり(フランス到着後肝炎で倒れる)、アマゾン川を筏で下ったりと「無茶やってんなぁ」って感じのエピソードが次々と出てきて、とても楽しい。植村の業績は時と共に忘れ去られつつあるが、この本は青春小説の秀作として残るだろうし、またそうあって欲しい。


(2)極北に駆ける 植村直己著 文春文庫

極北のエスキモーの生活を直接日本に紹介することとなった記念すべき本。南極行きの夢を実現するため、犬橇の扱い方と極地での生活への順化を目的として入った極北エスキモーの村シオラパルクでの生活と、命をかけて臨んだ往復3000km(これは南極横断の距離とほぼ同じ)に及ぶ犬橇単独行の記録。エスキモーの生活描写も面白いが、植村と養子縁組を結ぶイヌートソア、ナトック夫妻との愛情に満ちた交流の暖かさや、夢の実現のため、常に自らを厳しい環境に置こうとする植村の覚悟が伝わってくる本である。共同生活を送っていた大島育雄さんはちょっとだけ登場します。


(3)遙かなるマッキンリー 中島祥和著 講談社

明大山岳部の先輩が、仲間内から見た植村を描く。マッキンリーで消息不明になった時点から書き出されており、公子夫人の記者会見の様子も奥さんの視点に非常に近い所から書かれている為、身内の苦悩が非常に強く伝わる。インタビューの幅も広く、家庭での植村も多く描かれており、植村の著作以外では最もお薦めできる本。友人達や夫人による裏話が多く掲載されており、植村の著作との併読を薦める。


(4)マッキンリーに死す 長尾三郎著 講談社文庫

上温湯隆の「サハラに死す」から始まった、生き急ぐ壮絶な冒険者達の死を描くシリーズの第3段。バランスの良いインタビューと文章でかなり踏み込んで書かれており、植村本としては上位に位置する。息子がエベレスト登頂を果たした記事を見て、歓喜のあまり新聞を持ったまま村中を走り廻る父の姿がほほえましい。加藤久一郎氏や宮家との関係といった他の本であまり書かれていない内容もある。表紙の写真選定のセンスは一番か。一般的な植村のイメージってこうだよね。


(5)植村直己の冒険 本田勝一、武田文夫編 朝日文庫

植村の行為をそれなりに評価した上で、その功罪と遭難の原因についてについて論じた本。遭難原因と考えられる要素をそれぞれの専門家が検証したものや、植村と非常に親しい人達(大塚博美、西堀栄三郎等)へのインタビューが興味深い。筆者の本らしく独りよがりな断定の少ない本だが、北極行を「ロケ的冒険」と呼んでいたり、北極行の資金集めを行った電通を一方的に悪者扱いしている点はちょっと違うんじゃないかなぁと思う。電通の問題はエージェントの選び方の問題でしょ。読後感が良いとは言えない本だが、植村を深く知る上では外すことの出来ない本である。


(6)弟・植村直己 植村修著 編集工房ノア 

学費、渡航費用、帰国費用をだして、常に弟のわがままを影で支えてきた長兄による、遭難以降の直己を巡る物語と、父母、兄弟の思い出を語った本。家の厄介者に過ぎない『困りものの弟』という兄の認識と『世界的な冒険家』と言う一般的評価のギャップが、ほほえましくも面白い。ただ、遭難以降に書かれた本だけあって、遭難時の精神、経済的苦痛がそこかしこに伺える。遭難の一報を受けたときに最初に思った「あぁ、予想も付かない直己の救助の費用をどうするのか。その費用の捻出のために、畳屋は廃業になるかも知れない。」というのは、書かずにいられなかった兄の本音と思う。


(7)少年 植村直己 太田誠著 北斗社 

植村と同じ兵庫県但馬出身の著者が、郷里の友人や植村の家族へのインタビューの中から、少年時代の植村に潜む、後の大冒険家への萌芽を検証している。同級生で東京の大学に進学したのが植村だけであり、後に渡航費用も用意するなど、地元の同世代から見ると植村は「驚異的に恵まれた」存在だったようだ。中学、高校と成績も悪くなかったとのこと。ちょっと意外だ。また、多数引用されている大学時代の日記に、植村の孤独や苦悩、努力の跡が強く感じられ興味深い。『植村直己日記』とかの形で出版されないかな?でも、売れないだろうしなぁ。


(8)蒼き氷河の果てに 島村譲著 講談社コミックス 

『THE STAR』『覇王伝説 驍』などケレン味たっぷりの作風で知られる漫画家さんの初単行本。親友小林とのライバル関係を軸に若き日の植村を描いている。朴訥な植村のキャラと、きらびやかな著者の作風がいまいちマッチしていないので、すんごい面白いとまではいかないが、当時の著者の力量を認識した上で読むとそれなりに楽しめます。たぶん当時、講談社から登山漫画『俺達の頂』を出した『堀内真人(現、堀内真子)さん』のアシスタントをしていた縁で、この人が描くことに決まったのでしょうが、堀内さんに描いて貰いたかったなぁ。著者には、尻切れで終わっている『青龍の神話』の続編を書いて欲しいなぁ。


(9)極地に燃ゆ-にんげん植村直己 相沢裕文 松本照雄著 毎日新聞社 

北極点、グリーンランド縦断単独行直後という植村の絶頂期に、エベレスト遠征隊や北極圏12000㎞、北極点単独行に取材陣として同行した記者達による植村の冒険記。メジャーになる前からのつき合いであるため、あまり知られていないエピソードが多く親密さも伴い、とても面白い植村本となっている。エベレスト第一次偵察時にほとんど一人でアイスフォールを突破した時の活躍ぶりを紹介。その重労働のさなかに、いつ崩れても不思議ではないアイスフォールの上で一人スキーを楽しむ植村のパワフルさにはあきれる。公子夫人へのインタビューは他の本ではあまり見られないので、要チェックですね。


(10)我が友植村直己 廣江研著 立花書院 

大学山岳部の同期でマッキンリーの第2次捜索隊隊長も勤めた、親友による植村回想記。著述に関しては素人なので冗長な部分も有るが、「書き残したいから書く!」という一番大事な部分はしっかり押さえてあるうえ、ささやかなエピソードも多く楽しめる本。もう少し学生時代の描写が有れば、もっと良かったのにと思う。山岳部同期のリーダーであり、植村がライバル視していた小林氏は、著者の結婚式に来た際に交通事故で亡くなっている。小林の死は、植村にとっても大ショックだったが、友人が自分の結婚式がきっかけで死んだ著者のうけたショックについてはこの本では語られていない。辛すぎるからだろうか・・。


(11)登頂コジュンバ・カン 高橋進編 茗渓堂 

植村にとって始めてのヒマラヤ。初登頂を果たしたことにより植村の名が初めて新聞に載ったゴジュンバ・カンの遠征記。でも、植村は準備も手伝ってないし、遠征資金も払ってない飛び入り参加なので、彼に関する記述は少ない。あくまで、明治大学山岳部としての記録。それでも、始めてのヒマラヤ登山への各隊員の感動や苦労を記した記事はかなり楽しい。植村、ベンパ組による薄氷の登頂シーンから書き始めた構成もなかなかのもの。植村の頂上での交信「ありがとうございます。私だけが登ったのではありません。皆さんの力が私を頂上にあげてくれたのです!」の中身がが伝わってくる本である。


(12)植村直己冒険の軌跡-どんぐり地球を駆ける 山と渓谷社編 山と渓谷社 

山渓編となっているが、本文は植村の明大山岳部同級生『中出水勲』氏による。5人しかいない山岳部同期、しかも植村と学生時代は同居生活をしており、新聞社社員というプロの物書きでもあるという、絶対的に有利なポジションにありながら、何か特徴のない普通の植村紹介本になっちゃってるのがもったいない。


(13)植村です-どうもすみませんです 能勢順著 教育出版センター 

北極行以降、植村と行動を共にした毎日放送のプロデューサーが徹底的に自分の目で見、同じ時間を共有した植村だけを描く。植村にとってもっとも辛かったであろう期間を共に過ごした人物だが、厳しい条件下にあっても明るさと思いやりを忘れない植村に、惚れ込んでいる様子がよくわかる。また、植村の冒険を影で支える妻公子や植村の山仲間、友人達の普段の姿が伝わってくる。ここで取り上げた植村本の中でもかなり上位にランクされる好著である。おすすめ~。


(14)極北に消ゆ-植村直己捜索報告・追悼集 明治大学山岳部炉辺会著 山と渓谷社 

明治大学山岳部による2度に渡る植村捜索の報告書。実際に植村の歩いたと思われる跡をたどることで、当初マスコミで喧伝されていたバニーブーツの不具合説やスリップ説を否定的に捉えている。捜索隊の参加者は若手を除き、植村に近い人達で構成されているが、その彼らでさえ着いたとたんに帰りたくなるような、厳しい環境下での捜索だったことが書かれている。第二次捜索隊の三人が、マッキンリー頂上にたどり着き、植村の残した「旗」を見つけて、その絶望的なまでに孤独な姿に涙するシーンが、印象に残る。


(15)植村直己と山で一泊 ビーパル編集部編 小学館ライブラリー 

南極大陸横断という生涯の夢がフォークランド紛争の勃発により潰え、半年間南極に足止めされて帰国した2ヶ月後にもたれたインタビュー。1泊2日のキャンプを行い野外でこれまでの活動を語ってもらおうというもの。メインゲストでありながら、自然と周りの人を気遣い、体を動かすという団体行動時の植村の様子がよく分かる本。通常のインタビューより若干リラックスした感じがするのと、植村が使っていた道具が写真とその機能の面で丁寧に説明されているのがグッド。巻末には世界放浪からの帰国直後から植村をサポートしてきた文芸春秋の湯川豊氏のエッセイが掲載されており、長年の相談相手から見た植村像は貴重。良い本です。


(16)植村直己 地球冒険62万キロ 岡本文良著 金の星社 

児童文学作家による子供たちのための植村の伝記。よく調べて書いているので、これ一冊読めば植村の足跡を知ることは出来る。とはいえ、これを読んで子供たちが感動するかと聞かれればちょっと疑問。なんていうか植村自身の本にある「ある種のもどかしさ」とそれを超越するための「奮闘」といったものが存在しないからか。まぁ、植村については無理して小学生のときに読むのじゃなくて、高校生位になってから、彼自身の著作(“青春を山に賭けて“とか)で読んだ方が良いと思いますね。


(17)Number96-戻ってこい植村直己さん 文芸春秋社 

炉辺会による第一次捜索隊への同行取材を含む緊急特集号。まだ情報の整理が不十分だったこともあり資料的価値はそれほどでもないが、写真家としての植村の作品をカラーで紹介するなど、グラフィック誌らしい切り口がみられる。マスコミや周囲の雰囲気にあおられて、エスカレートしていったかに喧伝される冒険行が、かつてエベレスト山頂で夢見た「南極大陸横断」という(当時としては)実現可能とは誰も思わない壮大な夢を達成するために、迂回しながらも必死でその道を辿ろうとしていた、と記す湯川豊記者の記事は盟友による優れた植村論として必読。


(18)植村直己-夢と冒険 文芸春秋臨時増刊 June.1984 

植村の冒険行を初期から支え続けてきた文春の記者、カメラマンたちによる植村の記録。豊富な写真と関係者の証言(顔写真入り!)で構成された非常に密度の濃い作品。雑誌ゆえに入手は若干困難だが、資料的価値は非常に高い。公子さんの手記「帰ってこない春」にある「私は若い頃、長い闘病生活を送ったせいか、人から半端ものと言われるときがあります。どこか世の中の普通の、人並みの生活を諦めていた部分があります。植村も、大学を出て普通の勤め人には自分はなれっこないと固く信じていましたし、世の中の多くの人々に対してコンプレックスを持っていました。そんな2人が、くり返しますが、結びついて一所懸命生きてきたんです。私には誇らしいより前に、切ない人なんです。」という告白が胸を打つ。ちなみに表紙はアルゼンチンの基地で、南極への犬ぞり行の機会を伺っていた時のもの。南極のアザラシは北極と異なり人を見ても逃げないので、こうして抱えることが出来る。あえて表紙に一般受けしないであろう南極の写真を持ってきたところに「植村の果たせなかった夢」への編集者たちの哀悼が伝わってくる。


(19)エベレストを越えて 植村直己著 文春文庫 

1970年に日本人として初めてエベレストの頂上に立ったことは植村の名を一躍有名にした。しかし、その後の「エベレスト国際隊」での人種間の軋轢は植村を山から遠ざけ、後に自ら隊を率いた冬季エベレスト登山隊では隊員を高度障害で喪い、登頂にも失敗。責任感の強い植村はどん底の悲哀を味わうことになる。そんな喜びも悲しみも詰めこんだ山への思い出をまとめ、最後の夢「南極横断」への決意を語った著。処女作「青春を山に賭けて」のよう な破天荒さは無いものの、落ち着いた自信と大人らしい分析の伺えるこの本は植村にとって最後の手記となった。


(20)グランドジョラス北壁 小西政継著 中公文庫 

当時、日本でトップの岩登り屋であった小西政継はエベレスト第二次偵察隊、本番の日本エベレスト登山隊において、植村の力量を認め、自らが選定を依頼されていた「国際エベレスト登山隊」のメンバーに植村を推薦する。そして、植村のトレーニングをかねて自ら率いる山岳同士会のメンバーと共にアルプス三大北壁の一つ「グランドジョラス北壁」の冬季登頂を目指すが、数十年ぶりに訪れた寒気に阻まれて停滞を余儀なくされ、食料も尽きる。参加したメンバーの中で、ロッククライミングの力量が低く、ゲスト扱いだった植村ともう一人以外は全員が凍傷で足の指を切断する極限状態の中で、山の厳しさと、自分の登山家としての力量と正面から向かい合うことになった植村は、小西らの代わりに参加した「エベレスト国際隊」で自らのなすべきことを黙々と成し遂げ、サミット(頂点)ではなくポール(極)を目指した冒険へと方向を変えるきっかけになった。なお、何とか生還したメンバーたちであったが小西が絶賛した今井を含め、ほとんどが後に山で命を落とす。「山で死ぬ覚悟があるか!」と狂気ともいえる情熱で山岳同志会を率いていた小西も強さを秘めたまま程良く枯れ、ついには山で命を落とす。その力強く美しい死に様については「山は晴天」を参照のこと。


(21)北極圏一万二千キロ 植村直己著 文芸春秋 

極北の村シオラパルクでの極地生活と犬橇のトレーニングを終え、公子さんとの結婚も果たした植村が次に向かったのは、グリーンランドからアラスカの先端まで一万二千キロに及ぶ途方も無い犬橇行。比較的小額の資金援助で自由にできた最後の旅であり、犬橇行だけでなく、エスキモーの老夫婦の下で(下働きとはいえ)サケ漁などを行ってひと夏過ごした体験記なども貴重。とはいえ、橇を海中に落として命も希望も失いかけたり、食糧不足と重労働で使役犬であるハスキーたちがどんどん疲労凍死していくなど、過酷さは他の旅と変わり無く、植村個人にとっても忘れがたい大冒険だったようだ。


(22)北極点グリーンランド単独行 植村直己著 文芸春秋 

今なお植村のイメージの根幹にある北極点犬橇単独行。絶望的な乱氷の中を一人、トウと呼ばれる鉄棒で道を切り開き、鞭を振るって前進する姿は子供心にも相当なインパクトがあった。この北極点到達によって「もっとも勇敢な男」の称号を得た植村であったが、旅の前の苦労や、大島育雄を含む日大隊との見えない競争、失敗の許されないプレッシャーもあり、本人にとってはかなりきつかった旅に思える。あまり知られていないが、北極点に引き続いて行ったグリーンランド縦断も前人未到の大紀行であり、ハードな旅の最中に、学術研究用の雪のサンプルを取り続けるなど、植村の几帳面な姿も垣間見える。


(23)落ちこぼれてエベレスト 野口建著 集英社文庫 

ネスカフェのCM(エベレスト清掃登山)に出るくらいメジャーになったアルピニスト野口健氏の自伝。アルピニストとしては素人のおいらが読んでも「おいおい大丈夫か・・。」ってとこはあるにせよ、何のとりえも無いさえない少年が、偶然植村の「青春を山にかけて」読んで感動し、一念発起して、7大陸最高峰登頂という形で植村の後を追いかけた情念は敬服に値する。植村マニアを自認するおいらですら、呆れるくらいの植村への思い入れの深さがイカス。マッキンリーで野口がお世話になり、ひそかに目標とする大人の山男として小西政継も登場。いや、この本の小西さん、ホントカッコいいわ~。著者はスポンサーに恵まれていたことや、自己アピールがうまいことも有り、敵や叩かれることも多いようですが、折れずに頑張ってほしいものです。


(24)世界で最も勇敢な男-冒険家・植村直己 長尾三郎著 文渓堂 

「マッキンリーに死す」の長尾氏が書いた25pほどの小冊子。学校納入定価110円って書いてるので、どうやら学習用教材らしい。どんな授業をしてるんだろうか?さすがにこの量だと、普通の偉人伝の感は免れないが、子供が興味を持ってもらえれば、それで良いのだと思う。


(25)植村直己物語-パンフレット 佐藤純彌監督 西田敏行、倍賞千恵子主演 東宝 

ビデオ持ってるから別に要らないと思ってたのだが、見開きの「果てしない冒険へ 青春をたたきつけた-世界でもっとも勇敢な男」というコピーと頂上に立つ写真の出来に撃たれて購入。北極行シーンの顔の凍傷はメークではなく、撮影時に出来た本物とのこと。「役者っていうのは本当に不思議なもので、ただの西田敏行という人間なら耐えられたかどうかわからないけど、植村直己を演じている西田敏行となると、結構、苦労に耐えられる。」との談。監督や西田を含む関係者らのこの映画にかける思い入れの深さに感心しましたわ。


(26)植村直己記念館 文芸春秋編 文芸春秋 

植村の死後7年目に出版された、公子夫人念願の植村初の写真集。カメラマン、そして孤独な記録者としての植村の力量の伺える作品。冒頭の北極行の作品の美しさには息を呑む。しかも、この作品が絶望的な乱氷との孤独な戦いの中で撮られたと思うと、植村のエネルギーと執念に圧倒される気がする。各文章(表紙含む)を日本語と英語の併記にした点に、戦友である文芸春秋の編集者達の熱意と覚悟が伝わってくる。若い頃の貴重な写真も多く掲載。ほんと美しくも強い写真集です。


(27)男にとって冒険とは何か-植村直己対談・エッセイ集 植村直己著 潮出版 

植村が色々な雑誌で行った対談をまとめ、巻末に若干のエッセイを付加した本。個人的には王選手(当時は38歳現役)とのインタビューが年齢も近く、お互いに微妙なファン心理が働いてて面白かった。純然たる対談というより植村ファンの対話集といった感じ。だから一番きつそうなのは議論する気でやってきた五木寛之氏編・・。巻末のエッセイにはそこまで書かんでもという描写もあり。


(28)植村直己ものがたり-オーロラにかける さかいともみ作 青空風太郎絵 教育出版センター 

植村を主人公にした子供向け作品。監修者である西堀栄三郎氏の文章が冒頭に挙げられている。子犬とのエピソードなど作為というか「こうあって欲しい植村像」を感じてしまうのがちと残念。まぁダイジェストにしろある程度創作が入ってしまうのは仕方ないことだが。フランス時代の恩人ジャン・ビュアルネ氏を大きく取り上げるなど他の児童向け作品とは違う切り口もあります。


(29)大自然に挑む 植村直己 長尾三郎著 講談社火の鳥伝記文庫 

長尾氏が子供たちを対象に書いた植村の伝記。なんだかんだで3冊も植村もの書いてらっしゃるんですねぇ。「マッキンリーに死す」の単なる要約ではなく、植村の夢を実現させるための、不屈でひたむきな努力を、広い視点と細部にいたる綿密な記載で描く良著。「マッキンリー~」と比較しても、著者の功名心がいい感じに薄れており、伝記としてはこちらの方が優れているとさえ思う。『伝記』としては一押し。もちろん大人が読んでも楽しめます。


(30)植村直己-エベレストから極点までをかけぬけた冒険家 本庄敬、滝田よしひろ 小学館版学習漫画人物館 

よくある学習漫画シリーズではあるが、植村の朴訥なキャラクターを手馴れた柔らか味のあるタッチで描いてありシナリオの充実度合いもふくめて、伝記としてもノンフィクション漫画としてもかなりできのよい作品。読む前は子供向けと侮ってました。すんません。植村の同級生で2年間一緒に暮らした中出水氏の解説の出来もグー。正直、氏の「どんぐり地球を駆ける」より面白いです。巻末にマッキンリーで記した植村の最後の日記の写真が載ってるのが、また泣かせる。


(31)毎日グラフ増刊 6/25 1970-エベレスト登頂 毎日新聞社 

130ページを越える一般のグラフ誌丸々1冊がエヴェレスト登頂の記録というヒマラヤ登山が国家的大事業であった時代を感じさせる一冊。内容もかなり濃く、一般の人たちの注目度合いも高かったのかなぁと感じさせる。植村はサミッターなのでカラーページにも多く登場。個人紹介の記載は『頂上アタックのとき、それまでトップにいた彼は「いよいよ頂上です。松浦さん先に登ってください。」と先を譲った「泣かせやがる つよくて すてきな男である」』とかかれており、人気のほどがしのばれる。ちなみに、表紙のかっこいい人物は残念ながら植村ではなく、一緒に登頂した松浦隊員。そりゃ、そーだよね。


(32)文藝春秋デラックス「植村直己 冒険の全て」 文藝春秋社 

北極点到達を果たした直後に出された、植村の特別別冊。植村の北極点とグリーンランド縦断の間にかかれた公子夫人の日記掲載がかなりマニアック。各界著名人の祝福のメッセージや特集など充実した内容。髭の三笠宮殿下や植村の恩人ジャン・ビュアルネ氏の祝福の言葉は他には引用されていないと思います。


(33)植村直己の世界 文藝春秋社 

映画「植村直己物語」の全シナリオを掲載するなど、映画とのタイアップ企画として植村の盟友「湯川豊」氏らによって編まれた冊子。植村がマッキンリーに消えて2年目の冬、公子夫人がマッキンリーを訪れたときの手記が一つの目玉。手記の末尾が泣ける。「あの人は、大学を出て、日本を飛び出した頃とちっとも変わっていなかった、いえ、変われなかった。自分の世界の堂々巡りの輪から抜け切れなかった。日記を読んでいるとそれが伝わってきて、せつなくって先に進めない。もう少し、目を他に向けて見ることができたら、違った生き方ができたのにと悔しく思ってみたりもしたが、あの人は過酷な楽しみを選んだ。私はそれをそばで見ているだけだった。ごめんなさい。植村さん、あなたの旅は、楽しいものだったのでしょうね。そう信じさせて下さい。そして、こんどは、できることなら消えてしまったあなたの夢の続きを一緒に旅したいと思っています。」なお当方がしるかぎり、この本のみに掲載されている、ほど良い緊張と幸福を感じさせる二人の結婚式記念写真も見るべき価値ありです。


(34)山と渓谷-植村直己の世界 2004年3月、No.824号 山と渓谷社 

植村の20回忌にきっちり合わせた山渓の植村特集号。関係者の回想、書籍の紹介など充実の内容。特に植村の同級生中出水勲さんの書いた「植村直己・帯広冒険学校」の現在のエピソードと、故郷の日高町に兄、植村修さんを訪ねた取材は良質の出来栄えです。


(35)文藝別冊-KAWADE夢ムック 植村直己 夢・冒険・ロマン 河出書房新社 

同じく没後20年記念特集として、年末ギリギリに出た植村本。植村の古い文章だけでなく、最近発表された関係者による回想や没後17年目の植村君子さんへのインタビューを含む。古い文章も、小西政継さんの辛口の回想など偏りの無い良い編集と思う。おまけとして、北極圏1万2千キロの時に発売されたレコードをCD化してあり、植村の肉声が楽しめる。その手があったか!って感じの良いおまけ。ちなみに、おいらはレコードも持ってるが、やはりCDの方が取り扱い楽だもんね。


(36)毎日グラフ-五大陸の頂上に立つ:1970.9.27号 毎日新聞社 

マッキンリーを登頂し、5大陸の最高峰に立ったときの毎日グラフの植村特集号。処女作「青春を山にかけて」すら、まだ出ていない、植村の無名時代にもかかわらず、表紙から巻頭カラー、定期連載を取りやめてまでの特集を組んであり、毎日側の力の入れようが伝わってくる。


(37)植村直己、挑戦を語る 文芸春秋社編 文春新書 

新書化された植村の対談集。「男にとって~」と重複するものも多いが、入手が容易になり気軽に読めるようになったのは嬉しい。意外と宝塚の女優さんとの対談が面白かったりする。巻末の西堀栄三郎氏と多田雄幸氏との気心の知れた対談が心地よい。


(38)ボクのザイル仲間たち 小西政継著 山と渓谷社 

山岳同士会を率いた鉄の男小西が、独立して会社を起こした直後に現した今は亡きザイル仲間達の回想、追悼記。日本最高レベルの技術を誇る在野の山岳会リーダーとしての意地と矜持がビンビン伝わってくる熱い書。エベレスト南西壁、グランドジョラスなど植村の登山技術を知る小西から見ると南極の夢が破れて以降、再び山に戻ってきた植村隊の失敗をある種の必然として、山男として冷徹に捉えている。ここまでドライに書いた書は他に無いといって良いが、ジャンルこそ異なるものの同じ志を持った友人への愛惜の念が言葉の奥に潜む。また、小西が将来の山岳同士会を任せると心に決めていたにもかかわらず、若くして山に逝った小川信之、今野和義らへの回想文は泣かせます。


(39)辺境へ 大谷映芳著 山と渓谷社 

著者はマッキンリーに消えた植村へ最後のインタビューを行い、遭難後、探索の為にすぐに山に入った登山家にしてニュースステーションの「秘境ドキュメント」で知られるTVディレクター大谷映芳氏。秘境取材の回想記である本著の巻末「忘れえぬ人々」で植村と写真家の星野道夫氏について語っている。植村の遭難と死は当事者として現地に在った著者にとって、非常に辛く苦しい日々であり、その重さから一瞬でも逃れたいと思ったことが、秘境取材のきっかけの一つとなっているとのこと。大谷氏は1994年、植村の友人達と、グリーンランド縦断の壮挙と植村の死を悼み、デンマーク政府により命名された、グリーンランドにある「ウエムラ峰」に登り、心の重みにようやく一区切りをつけることが出来たと語っている。写真も多く、なかなかに楽しい本です。


(40)植村直己 妻への手紙 植村直己著 文春新書 

筆まめな植村が旅先から公子さんへ送った手紙をまとめた本。巻末で公子さんが言われるように、かなりの反則技ではあるが、植村の肉声が伝わってくる貴重な資料。物凄~くマメに現地協力者に礼状やプレゼントを日本から送るように依頼しており、これが植村の義理堅さと、人々から愛された秘訣と思うが、奥さんの精神的経済的負担は相当なものと思う。ちょっと普通じゃぁ付き合い切れないよなぁ。また、北極圏12000キロの旅の終わりを迎えに、アラスカまで行った公子さんを「無駄遣いをするな。」と叱ったとされているが、手紙では“旅の終わりには迎えに来てくれ“と何度も頼んでいるのが微笑ましい。なるほどね、と思いました。


(41)遥かなる人-植村直己物語 能勢順著 廣済堂文庫 

同著者による「植村です-どうもすみませんです」の文庫版。加筆・修正したとなっているが、前著での信じられない大ミス、巻末、植村が亡くなった場所を「キリマンジャロ」と連呼するところが全然直っていない!著者も編集者も気がつかずに出版したとすれば、加筆も修正も全く意味無いし。このせいで、せっかく良い本なのに読後感が・・・。


(42)植村直己-たった一人の冒険者 岩間芳樹著 ブロンズ新社 

独特の人物選定による伝記集「にんげんの記録」のうちの1冊で基本は子供向け。著者がシナリオライターな為か、史実の変更や話の前後を入れ替えたりが目立ち、正直意図不明。公子さんも全編、怒りまくっておりなぜこんなキャラクターに描く必要があるのか謎。少なくともおいらはお奨めできません。


(43)オーシャンライフ-1977年1月号 オーシャンライフ社 

沖縄海洋博覧会記念の太平洋横断ヨットレースの優勝者で時の人だった戸塚ヨットスクールの戸塚宏氏と植村直己、メキシコ五輪銀メダルのマラソンの君原氏、水泳の名コーチの黒佐氏をまねいて行った公開座談会の記録を含む。主は戸塚氏と植村。なかなか面白い人選とは思うが、正直ジャンルがバラバラすぎて話がかみ合ってない感あり。雑誌自体が戸塚氏を中心に構成されており、別の意味で興味深かった。


(44)バンブームック 冒険王 植村直己 竹書房 

植村とは縁のなさそうな竹書房がわざわざ緊急出版と銘打って出した植村特集号。文春系とは異なる植村の知人らによって構成されており、その点では貴重。でも、ちょっとなぜこの人達がって思う縁の薄そうな人が多い感は無きにしも非ず。いかにも便乗商売っぽいですが意外とやっつけ仕事ではなく、それなりに誠意の感じられる作りの本です。これなら、まぁ良しとしましょうか。


(45)Coyote No.6 july 2005-特集植村直己 冒険の前に Switch publishing 

植村の盟友湯川豊氏による植村公子さんへのロングインタビュー“しんしんと積もってくるもの”を含む、辺境への旅と写真をテーマにした雑誌コヨーテの植村直己特集号。公子さんの朗らかな人柄が感じられ、インタビューの内容、写真共に非常に良い出来と思う。湯川氏が植村に今なお惹かれる理由を“絶対に完成などないという事を、その一般原理を、植村はじつに目に見えるかたちで生き、死んだ。(中略)彼のような生き方ほど未完成で死ななければならない人間の本質をあからさまに示しているものはほかにない。そう感じるのは、彼がいつもごまかしなく、全力をあげて途上にいることを生きたからである“と記しているのが、強く心に残った。特集も雑誌の半分近く有り、初出、再録のバランスも良い構成。バックナンバーでも手に入るので、お奨めです。


(46)プレイボーイ・インタビューセレクテッド PLAYBOY日本版特別編集 集英社 

北極圏、グリーンランド縦断から帰国後、遠征資金返還の講演に励んでいた時分のプレイボーイ誌による植村へのインタビューを含む。内容は当時の一般誌による植村へのインタビューの典型的なもの。ほんと、普通。どちらかといえば、当時時の人だった中内功、堤義明、糸井重里などへのインタビューが興味深かったです。


(47)Number38 昭和56年11月5日発行 文藝春秋 

特集“この冬、「冒険ダン吉」になってみよう”では、スキーヤー三浦雄一郎の娘、三浦恵美里さんが植村他、長谷川恒男、田部井淳子らにインタビューを行っている。植村とは冒険時の食事の話が主。植村のマッキンリー遭難時に、恵美里さんが「うちの父も連絡が途絶えた事があったけど大丈夫だった。だから植村さんも大丈夫よ。」と言ったところ外国人スタッフから「君のお父さん はプロの冒険家だが、植村は偉大なアマチュアだ。心配だ・・。」と諭されるエピソードがよく取り上げられているが、こういった形で親交があったわけですね。


(48)植村直己-極限に挑んだ男が十勝に残した足跡!! 植村直己帯広会 

北極圏12000キロの旅から連れ帰ったエスキモー犬をおびひろ動物園に寄贈した事が縁の始まりとする、植村直己帯広会という現地の後援会が植村の死後、彼との交流の記録をまとめた写真集。末尾には植村の師、西掘栄三郎と公子さんの謝辞を含む。帯広氷祭りといったイベントへの参加だけでなく、北極点行の橇訓練や、将来の野外学校開催の相談等中央の書籍では十分に語られることの無い、植村の姿を見ることが出来る。市長はじめ地元の人達が植村を悼む気持ちの詰まった良い本かと思います。


(49)岳人―1984年5月号通巻443号 東京新聞出版局 

登山情報誌「岳人」の「ちょっとはにかんだ笑みを残して植村直己はマッキンリーの雪に消えた」と題した大谷映芳さんの記事を巻頭カラー特集として配した号。マッキンリー登山直前の写真、大谷氏による植村への最後のインタビューの全文や、小西政継氏の談話、第二次RCCのエベレスト遠征に植村を誘ったものの、これまで後援してくれた毎日新聞社と文芸春秋社への義理から丁寧な断りのあったことを記す湯浅道男氏の時評を掲載。遭難の一因とも言われるバニーブーツを購入した店での写真も掲載。なるほど、このコギャルが履いているかのような厚底、ハイカットのエアーブーツがそうなのか。確かにこれまでの登山の常識ではちょっと考えられない感じの靴である。アイゼンもいかにも外れやすそうだし、皆が心配したのもわかる気がする・・。


(50)NATIONAL GEOGRAPHIC V0L.154,NO.3 SEPTEMBER 1978 

植村を世界的有名人とした雑誌ナショナルジグラフィックの植村特集号。表紙の凍傷に被われた植村の顔に始まり全30ページ近い特集を組んである。冒頭は白クマに襲われたときのエピソードから。寝袋の中で「公ちゃん、助けてくれ。」と祈るシーンもちゃんと英訳されてます。さすがに語学力がないので全部は読めてませんが。


(51)植村直己ふるさと物語 植村修著 全但印刷 

植村直己の長兄、修さんによる著作3冊目にして自費出版本の2冊目。最初の著作“弟・植村直己”と違い、編集さんのチェックが入っていないようなので、文章はお世辞にも読みやすいとは言い難いが、本人の書き残したいという意志や普段の語り口が感じられるのが良いところでしょうか。かなり上級者向けですかね。

👇 20200803 (52)~(53)を追加

(52)植村直巳・夢の軌跡 湯川豊著 文春文庫

植村の冒険を初期から支えた文藝春秋担当編集者である湯川豊氏が植村直巳没後三十年を前につづった植村直巳記。植村自身の日記や手紙、メモなどを元に単純そうに見えて複雑で繊細な独特の魅力のある人物を、その強さも公子夫人に対する過度な甘えともとれる弱さもひっくるめて、適度な距離を保ったまま誠実に描こうとしている姿勢が好ましい。地元では裕福ともいえる一家の、長兄にもわがままをきいてもらえる四男坊である彼独自の謙遜や卑下的な虚飾を廃した人物像がかいま見得て興味深い。公子夫人への定期的な怒りの爆発などは以前は理解不能だったが結婚して子供ができてみると、つまり心の底から甘えて信頼してたのだなぁと素直に思う。受け止める側のつらさや諦念も。時系列に沿って話が進むわけではないので、この本が入り口だと少しわかりにくい気もするが、一通り植村の著作を読んだ後であれば、没後三十年にして、ついに植村本の決定版がでたなと、安堵の思いを抱いた次第です。


(53)漫画 我が友 植村直巳 廣江研原作 岩田廉太郎漫画 立花書院

こちらも植村直巳の没後三十年を期に、植村の山岳部同期でマッキンリー第二時捜索隊の隊長を務めた廣江研氏が28年前に出版した”我が友 植村直巳”をより広範囲の人たちに読んでもらおうとコミックス化した著。表紙を見ると絵のタッチが幼い感じで「大丈夫か・・。」と心配になるが、作画の岩田さんは昭和26年生まれの手塚治虫一門の出身のベテラン漫画家。コマ割りもキャラクターの描きわけも、漫画的表現も普通に上手く、テンポ良く安心して読み進めることができる。途中、漫画的な誇大表現や脚色も見受けられるが、植村関連の漫画本の中でも上位に入れて良い作品と思う。あまり知られていないようなので、ちょっともったいない。


参考映像

(1)植村直己物語 佐藤純彌監督 西田敏行、倍賞千恵子主演 毎日EVRシステム 

文部省推薦とかいう封切り時のプロモーションが気に入らず、入手後長い間みてなかったが、思い切って見てみると、なかなか良い作品。巨大化する冒険に追いつめられていく植村の悲劇的な姿を温かく描く。制作は電通なので「おめーらが追いつめたんだろ・・。」って気がしないでもないが、それは禁句。倍賞千恵子演じる公子夫人を植村と同じくらいの比重で描くという、他の植村本にない意欲的な構成だが、超人としてではない家庭を持つ普通の男としての植村を上手く撮っていると思う。ただ、まだ若い西田敏行さんがロケーション風景の凄さ(北極やエベレスト等)と百戦錬磨の競演女優に喰われてしまってるのが、ちと可哀想。ロケはホントに大変だったろうになぁ。エベレスト登頂シーンでは実際にエベレストの頂上で撮影するほどの気合いの入れようだが、この時隊員3名が遭難しかけてたにもかかわらず、それほど効果を上げた映像になってないのが悲しい。


(2)徹子の部屋-植村直己 テレビ朝日制作 ビデオ・パック・ニッポン 

徹子の部屋20周年記念で出されたビデオの一つ。昭和53年、北極行、グリーンランド縦断の旅を終えた直後の植村の生映像と肉声を見ることが出来る。これを見る限りかなり洗練されたトークである。内容は徹子の部屋なのでさして厳しい突っ込みがあるわけでもなく、ごく普通。黒柳徹子さんの着ている変な服が何処で売ってるかは謎だ。このビデオ売る方も売る方だが、買う俺も俺だよなぁ・・。表紙の若い徹子さんが今となっては貴重か。


(3)植村直己の足跡-北極からマッキンリーまで Number Video Version 文芸春秋 

北極点行、グリーンランド縦断、あまり語られることの無い厳冬期アコンカグア登頂から、失敗に終わった冬期エベレスト、南極横断の映像記録。本人撮影による映像と音声も多い。北極点行時の、乱氷を鉄の棒で壊して通路を作る作業の絶望さや、言う事を聞かない犬達への怒りなど、その瞬間の肉声が伝わってくる。特に長年追い求めてきた南極犬橇行がフォークランド紛争で不可能となり、アルゼンチン軍の大佐に「今回の作戦はすべて終了した。」と告げられ、唇をかむ植村の姿が印象的。なんだかのんびりペースで進む作品だが、植村の映像記録としての質は高いと感じた。


(4)ひとりぼっちの英雄 植村直己 テレビ朝日製作 VPN 

マッキンリーへのアタック中、および登頂直後の結果として最後になった肉声通信を含むテレビ朝日製作の記録映像。半端じゃなく貴重な音声と映像が満載!ここで紹介した映像記録の中ではダントツの出来栄え。特にマッキンリー登頂への過程が克明に記録されている。ベースキャンプでは普通に活動しているように見えるが、気温を見ると-30℃。頂上付近だと-50℃以下とのこと。凄まじい体力に圧倒される。登頂直後の通信の声もそんなに追い詰められている感じではないが、他人にはわからない消耗があったのか。遭難後の公子夫人による会見の様子も最後に入っており、悲しみを押し殺して気丈に振舞う姿が切ない。めったに見かけないけど、これはホントにお奨めです。


(5)植村直己これが北極圏の旅だ-単独・犬ゾリ・1万2千キロ (財)植村直己財団・植村冒険館 

植村冒険館が発売している植村自身が撮影した北極圏12000キロの旅の8ミリフィルムを編集したビデオ。版権等の絡みもあって植村にとって最後の手作りの冒険旅行とも言うべきこの旅の記録をビデオにしたのだろう。商売っ気の感じられないパッケージはあれだが、犬ぞり旅行の記録だけでなく、超夏したアンダーソンベイでのオホカヌア夫妻との鮭を捕って過ごす日々など興味深い映像も多数。編集の妙もあるのだろうが、映像のセンスも中々のもの。単なる記録者だけではない、映像作家としての植村を垣間見ることが出来る。構成編集が植村の後にシオラパルクに住んだ中村進さんだったり、植村の仲人でエベレスト登山隊を率いた明大の先輩大塚博美さんが監修してたりと植村の友人達の思い入れが密かに感じられる作品かと思います。


(6)男のロマン植村直己の足跡(トレース)-北極からマッキンリーまで 毎日EVRシステム 

おっ、まだ未見の植村のビデオがあったのかと購入。見始めて感じる既視感と聞き覚えのある声。半分くらい見てようやく気づいた、「これ、NUMBERのビデオと同じだ。」と。よくよく見ると“男のロマン”と“トレース”って読み仮名が追加されてるだけで、題名も同じでした。すぐに気づけよ、俺。

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